『ゼノギアス』って、今思い返してもよく分からないゲームだった。
いや、悪い意味じゃなくて。
むしろ、よく分からなかったからこそ、ずっと頭のどこかに残っているゲームなのかもしれない。
最初に遊んだときは、たぶん「ロボットに乗って戦うRPG」くらいにしか思ってなかった。
フェイがいて、村があって、ギアが出てきて。
おお、ロボットかっこいいな。
そのくらいだったと思う。

まさか、そこからあんな話になるとは思ってなかった。
途中から知らない言葉がどんどん出てくる。
ゾハル。
イド。
ミァン。
アニマの器。
当時の自分が、どこまで理解していたのかは怪しい。
たぶん半分も分かってない。
イベントを見ながら「なるほどな」と分かった顔をして、その10分後にはもう分からなくなっていた気がする。
それでも続きを見たかった。
そこが不思議なんだよね。
話はよく分からないのに、何かすごいことが起きているのだけは分かる。
だからコントローラーを置けなかった。
シタン先生も忘れられない。
最初は近所にいる物知りな先生くらいに思っていた。
主人公にいろいろ教えてくれる、いかにも頼れる大人。
それが仲間になったら、妙に強い。
「先生、強いなあ」と思っていたら、そのうち刀まで持ち出す。
いやいや。
先生、あなた本当に医者なんですか。
子どものころでも、そこはちょっと思った。
しかも何か知ってそうなのに、全部は教えてくれない。
あの頃の自分にとってシタン先生は、頼りになるけど、ずっとちょっと怪しい人だった。

戦闘も好きだった。
普通のRPGみたいに「たたかう」を選ぶだけじゃなくて、ボタンを組み合わせて攻撃する。
適当にいろんな順番で押していたら、新しい必殺技が出たりする。
あれが楽しかった。

今だったら攻略サイトを見て、最短で技を覚えるんだろうなと思う。
でも当時は、とりあえず押す。
違った。
じゃあ次。
そんなことを延々やっていた。
効率は悪い。
でも、ああいう遊び方をしていたころのほうが、ゲームの中でいろいろ発見していた気もする。
ギアに乗って戦うのも好きだった。
生身で戦っていたキャラクターが巨大なロボットに乗るだけで、急にスケールが大きくなる。
ただ、格好いいロボットに乗っているわりには燃料を気にしないといけない。
強い攻撃をしたい。
でも燃料が減る。
大丈夫かな。
子どもなのにロボットの燃費を心配していた。
今考えるとちょっと面白い。
そして『ゼノギアス』といえば、ジャンプ。
RPGなのに結構ジャンプする。
これがまた、よく落ちる。
特にバベルタワー。
あそこは今でも名前を聞くだけで「ああ……」となる。
せっかく登ったのに落ちる。
また登る。
今度こそと思って跳ぶ。
また落ちる。
ブラウン管テレビの前で、何回同じところを登ったんだろう。
今なら失敗が続いたら、動画を見てすぐ先に進むかもしれない。
あの頃はそんなこともせず、ただ何度もやっていた。
それでもやめなかったんだから、我ながら元気だったと思う。

チュチュもいた。
ゼノギアスって、かなり重たい話をやっているのに、急にチュチュみたいなのが出てくる。
しかも巨大化する。
初めて見たときは何が起きたのかと思った。
巨大ロボット同士が戦っている世界で、巨大化したチュチュも戦っている。
冷静に考えるとすごい絵だ。
でも遊んでいるうちに、それも普通になってしまう。
ゼノギアスには、そういう妙なところが結構あった。
そしてソイレントシステム。
これはもう、細かい話を忘れても忘れない。
「あれ」が何なのか分かったときの気持ち悪さ。
子どもながらに、これは嫌だなと思った。
怖いモンスターが出てくるとか、そういう怖さじゃない。
知ってしまったこと自体が嫌になる感じ。
ゲームをやめるほどではない。
でも、頭にはずっと残る。
『ゼノギアス』のストーリーを全部説明しろと言われたら今でも困るけど、ソイレントシステムのことだけは覚えている。
人間の記憶って変なものだ。
そしてDisc 2。
あれも忘れられない。
ディスクを交換して、さあ後半だと思う。
ところが、なんだか様子がおかしい。
フェイたちが座って話をしている。
話が進む。
また座って話をする。
「あれ? 遊べないの?」
当時でも思った。

今まで普通に歩き回っていたのに、急に物語を読んでいる時間が増える。
正直、実際に歩いてみたかった場所もある。
ここをちゃんとダンジョンにしたらどうなっていたんだろう、と今でも思う。
でも不思議なもので、そこで投げる気にはならなかった。
むしろ話が一気に動くから、先が気になって仕方なかった。
よく分からない。
でも見たい。
ずっとそんな感じだったのかもしれない。
エンディングまで見ても、全部理解したという感じはなかった。
「終わったー!」より先に、
「あれって結局どういうことだったんだ?」
が出てくる。
だから後から攻略本を読んで調べたりした。
そこで初めて、
「え、あそこってそういう意味だったの?」
と気づく。
自分がプレイ中に理解していなかったことの多さに驚く。
でも、それも楽しかった。
今でも『ゼノギアス』の音楽を聴くと、当時のことを思い出す。
細かいイベントの順番はもう忘れているのに、曲を聴くと風景だけは戻ってくる。
ラハン村だったり、ギアだったり、終盤の場面だったり。
テレビの前に座っていたころの空気まで、なんとなく思い出す。
ゲームって不思議だ。
何十時間も遊んだはずなのに、全部を覚えているわけじゃない。
むしろほとんど忘れている。
それでも、一部分だけ妙に鮮明に残っている。
シタン先生は強かった。
バベルタワーでは落ちた。
ソイレントシステムは嫌だった。
Disc 2では「なんで座ってるんだろう」と思った。
ストーリーはよく分からなかった。
なのに、面白かった。
たぶん自分にとっての『ゼノギアス』は、それで十分なんだと思う。
今もう一度最初から遊んだら、昔とは全然違うゲームに見えるんだろうな。
当時分からなかった話も、今なら少しは理解できるかもしれない。
シタン先生を見ても、昔より早い段階で「この人絶対普通じゃないな」と思うだろう。
でもバベルタワーでは、たぶん今でも落ちる。
書いていたら久しぶりに、また最初からやりたくなってきた。

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